INTERVIEW / COLUMNインタビュー/コラム

SPARCへの期待 ~長野大学 小林淳一 学長

小林淳一先生は、総合電機メーカでお勤めになり、秋田県立大学で学長をされた後、令和5(2023)年4月に長野大学の学長に就任されました。ご経験に紐づけながら、変革期に求められる人材とSPARCへの期待を語っていただきました。

Q1) 18歳人口は、2040年には88万人となり、2017年の120万人と比較して、約4分の3になる推計があります。この急激な18歳人口減により、大学はこれまでに経験した事がない大変革を迫られています。

企業でのご経験が大学運営にも生かされていると思いますが、企業でのご経験をお聞かせください。

A) 私が最初にいわゆる社会に出たのは、1976年10月。この年は、すごく不景気で、有名企業でもゼロ採用というところも多かった。ところが、いろんな大学からクレームが付いて、ゼロというのはさすがに・・・ということで、私が就職した会社は100名ちょっとくらい取ったそうです。その中の一人だったわけですが、私は中途ですから、仕事はもう、その日からです。オリエンテーションも何もなく、いきなり、研究所員として一緒に工場に行きましょう、と(笑)。

私の専門は機械工学で、特に流体力学。会社には30年間、在籍しました。主に取り組んだ仕事は3つです。ガスタービンと半導体の研究開発、そして、ソリューションビジネスです。ガスタービンは、海外企業と共同で生産していた発電プラント用ガスタービンの自社開発への移行を担当しました。しかしこれは、もう大変で、二度とやりたくない(笑)。二つ目の半導体は、対象がメモリー(DRAM)でして、どんどん量産しなければならない時期で、歩留まり率の向上、つまり、不良品を少しでも出さないことが求められ、研究を行いました。その成果を最先端の研究として発表することもしました。しかし、論理LSIっていう、コンピュータの心臓になるような半導体チップは、お客さんによって要求が異なり開発効率が悪いということもあり、日本は手を出さなかったんですね。一方で、ずっとやってきてるのがアメリカ。そこが半導体産業の大きな別れ目になりました。日本はとにかく右倣え、左倣えで、もう技術トレンドのあるものしかやらないので、経営的なリスクを取ることができない。それどころか、リスクを排除してしまうのが日本の欠点です。それが変革期についていけなかった要因の一つだと思います。

地域の問題も同じかもしれません。さまざまな要因と人が絡み合って問題は起きているから、一つのソリューションだけで解決することはない。解決までの道筋は効率が良くないから、放置されるうちに、どんどん肥大化していきます。

そう。効率化優先で目先重視。結局、リスクをとって、進む先が見えてない事業はしない。だから、新しい産業やイノベーションが生まれないように思います。どうも、今、日本の一番弱いところを突かれているように思います。

何か日本人的な精神性の問題もあるのでしょうか?

あると思います。だからこそ、若い人たちへの教育は単に知識を教えるだけじゃなくて、実際に問題の本質に目を向けられるようにしていかなきゃいけないと思います。

3つ目のソリューションビジネスの仕事はどのようなものだったのでしょう?

2000年代になって、そのいわゆるコモディティ製品を作っても利益が出なくなりました。新興諸国がもっと安く作るようになって、日本では単に物を作っても売れないし、高機能にしてもそんなに売れるわけじゃない。そこで、「ハードを売るのは駄目だ。もっと見えないものに着目してはどうか」と言われて。一つは、研究所が開発しても当社では製品化しなかったもの、もう一つは、他企業の研究開発だったのですが、売れたのは後者でした。要は他の会社の研究テーマを受注して研究するってことです。最初は、「わが社の事業部のために私たちはやってきたんですよ。なのに、なんで、外に売るんですか」という不満が研究者から噴出しました。そりゃそうですよね。今までは、研究者は内向きにならざるを得なかったのですから。しかし企業はかつてほど研究者を抱える体力がなくなってきていました。

そこで、研究費の一部を研究者自身で稼いでほしい、つまり研究者の自活が求められました。その一方では、研究者は世界のトップの技術をキープしてほしいというわけです。そこで、研究者の皆さんに問いかけました。「あなたの技術が世界一だというけど、本当ですか?」と。「その技術を外でも試してみては、どうですか?認められれば、あなたは本当に一流ですよね。」と説得しました。半信半疑で始めてみたと思います。でも、研究者は、クライアントが本当に求めていることは何かっていうことがだんだんと見えはじめたんですね。それまで営業の人を介していたのが、研究者が直接、クライアントの会社に入る。「御社の課題はこんなところにあるんじゃないですか」っていうことが見えてきた。結果的にそれが今でいう、ソリューションビジネスに繋がるわけです。その走りを我々がやりました。

以前は、顧客がいて、営業がいて、事業部があって、工場があって、研究所だった。今はその研究者がぐっと、前に出てって、営業の人と一緒にクライアントに向かいます。そこでさまざまなお話を聞くと「あ、そういう技術だったら、こういう技術もありますよ」っていうことを研究者なら言える。そういうところをヒントにして、その会社の大きなソリューションをビジネスとして取る、っていうのが今のビジネスモデルに繋がっています。

全くの大転換ですね。課題を最初から提示されていて解決するんじゃなくて、自分から問いを見つけて、立てて、解決するビジネスに変わった、と聞こえました。

Q2)企業での経験を踏まえ学生たちにはどんな力を身に付けるべきと考えますか。

そうですね。着任早々の4月に学長特別講義を1年生全員にしました。そこでは自分の価値を身に付けることが大事だと話しました。具体的には「4つの価値」というお話を学生にしました。4つというのは、コミュニケーション力、実行力、各種の資格、そして、人間力です。

「コミュニケーション力はあるか?」と学生に聞くと「身につけたいです。」と話してくれます。じゃ、「コミュニケーションとは何か?」と聞くと案外はっきりしない。 私の中では、コミュニケーションというのは、相手の話をきちんと聞いて、こちらの意見をきちっと伝えることです、と。それだけです。相手の話を聞く、というのは、相手が使った言葉が全てだと思ってはいけない。

と言いますと?

本人も全て分かって話しているとは限らないから。相手の意見を聞くっていうのはその言葉の裏にある心理だとか、なぜそういうことを言うか、っていうところまで掘り下げて初めて、本心や本音が分かるんだと思います。意見を言うときも同じです。端的に結論とその理由を伝えても、どうも納得していない顔つきってありますよね。それに気づいたら、言葉を変えていかないといけない。相手が納得いくところまで持っていかないと意見を言ったことにはなりません。つまり、コミュニケーションをするには、相手を良く観察することです。そのためには、相手が何を思っているかに興味を持たないといけない。相手を知るだけでなく、興味を持つことがコミュニケーションを取る一番のポイントだと思います。

四つの価値の残り3つはいかがでしょうか?

実行力の裏には、自分をそこに向かわせるように常に仕向けていくようなことが必要です。有言実行、約束は絶対守るという気持ちで、自分で自分にプレッシャーをかけることが大事です。約束を守るためにはどうしたらいいかって考えるべきですね。自分だけじゃ出来なかったら人の力借りればいい。それも実行力の一つだと思います。

資格は、分かりやすい価値です。このような資格を評価する社会ができています。 人間力については、さっき言ったように様々な場面で、様々な人に助けられて仕事は成り立っているわけですから、とても大事です。助けてもらうためには、やはり人間力がないと人は助けてくれません。では、人間力をどうやって身に付けるか?簡単ではありませんが、クラブ活動でもいい。友達との付き合いでもいい、相手のために何かをする、相手のことを考える、相手を認めるなどの行動が必要です。自分からGIVEすることから始まるのではないでしょうか?

大転換の時代だからこそ、自らの責任のもと新しいことに飛び込むこと、そして、その状況を観察しながら対応していくことが重要になると感じました。

そう。だからこそ、学生の時代は、失敗しても大したことではないので、どんどんチャレンジして欲しいですね。

Q3)SPARC事業は大学改革の一つと位置づけられていると思います。SPARC自体も大きなチャレンジですが、SPARCを通じて、学生の皆さんに身につけて欲しいことやSPARC自体への期待などを教えてください。

四つの価値の話のほかにも、SPARCも含めて授業を受ける際に注意してほしいポイントを四つほど話をしています。その中の一つが、授業では質問しなさいってことです。つまり、勇気なんですよ。誰か質問すると先生は、「なんだまだそんなことも分かってなかったのか」、と思って、違う言い方で詳しく説明してくれます。そうすると他の人もよくわかる。「あ、そういうことだったんですか」と。「じゃ、このことはどうなんですか」って、他の人が質問する可能性がある。そうすると、授業が初めて双方向になるんですよ。

学生も一緒に授業を作っている感じになりますね。

学生が授業に入り込むし、双方向だから他の人も色んなことを言ってくれる。

一方で、SPARCではオンデマンド授業を充実する方向も持っています。

オンデマンドの良さを理解した上で、その同時双方向授業を節目で入れていくことも必要なんじゃないかって気がしますね。

例えば、地域学や立志学、地域課題PBL(プロジェクト・ベースド・ラーニング)は、ぜひ同時双方向性を意識して設計したいところです。

そうですね。SPARCに参加する社会福祉学部は社会福祉士の養成課程を持っていますが、現場の問題っていうのをね、どうやって政策に吸い上げるか、本当はそこが一番大事な気がしています。行政に入ると管理の要素が強くなり、数値から判断せざるを得ないと思います。とはいえ、現場に行って「ここが大変だ」「あそこが課題だ」「いや、そもそも支援対象者はどんなことを求めているか」そんな生々しい議論をしていって欲しいですね。

何か一つの事象に直面した時に、何か本当の奥底にある問題みたいなものに到達できるかっていうのは逆に言うと現場での色んな経験が必要なのでしょうか?

必要だと思いますよ。そうじゃないとアイデアなんて、絶対出てこないですよね。

改めて、小林学長は工学がご専門で「理系」人材なわけですが、理系人材から見て文系人材に対する期待ってありますか?

文系人材のいいところは俯瞰的にものを見れる可能性があることだと思っています。社会事象が今どうなってるか、どう解決したらいいかとかっていう話は文系人材に切り込んで欲しい。そして、新しいテクノロジーを入れて、その仕組みを変えてくるというのは必要なことなんですよね。理系人材は専門の深いところを突き詰めていく方が得意です。

SPARC事業を通じて、専門性に閉じこもらず、あえて専門性を「解き放つ」経験ができることを期待したいですね。「解き放つ」ことをプログラムづくりの着想の原点にすれば、本当に新しい教育プログラムができるように思います。あえて、専門性から一歩横に出てみる、とか、ちょっと斜めから見てみるような機会。もしかしたら、地域の現場に学ぶ、現場ってこんなに複雑なことが絡み合ってるんだ、っていう現実を早めに見せても良いかもしれません。自分でその感覚を身につけるのは、早いに越したことがありませんから。

SPARC事業は、地域からのニーズにこたえることも重要とされていますが、大学への地域の期待はとても大きい。

非常に大事な視点です。個別にたくさんの期待が寄せられていますが、地域の将来を考えて大学全体で取り組むことが重要だと考えています。SPARC事業を通して、3大学で、「この地域の一番問題は何だ」ということを見つけて、考えていくようにする。そういうプロジェクトが大事なのではないでしょうか?

前任校でスマート農業に取り組みましたが、普及の担い手となる人材の育成もセットで行いました。スマート農業は当然、農家の皆さんに使ってもらわなければ意味がない。技術開発するだけではなく、どう社会実装するかが重要なんですね。結局、人が間に入ることが一番、社会実装を進めます。

3大学が地域の問題を介して、社会実装まで視野に入れた事業を展開するイメージ。

そうです。領域が違う学部や学科が参加しているというSPARC事業の強みがあるからこそ、長野県の大きな課題を考えてみたい。「なぜ、集まったのか?」「集まったことでどんな嬉しいことがそこに生まれたのか?」が問い続けたいポイントです。

これだけ18歳人口がへって、今のまま続くとはとても思えない。以前勤めていた会社が、ソリューションビジネスに脱皮した時と同じように、自分たちがむしろリーダーになって、よそから言われて変えるのではなくて、自分たちで変えていく。教育内容の充実という視点に加えて、「大学が集まったら、こんな良いことがあるんだ」というモデルを提供する視点を持ち続けたいと思っています。

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